綾里の力

 《逆転姉妹》をプレイして今更ながら気になったのが、千尋さんの「(母を陥れた男達を探す為に)綾里の力で死者達と語らった」というメモ。
 千尋さんは真宵ちゃん曰く「シャレにならない」霊力持ちだったそうですが、綾里の力に付いて触れられる頃には千尋さんは鬼籍の人で、その実力は未知数のままでした(その後のシリーズでも千尋さんの霊力がどういうモノだったのか出て来ず終い)。しかし千尋さんもやっぱり綾里の女であり、本来なら家元を継ぐはずの人だったんだなぁ。
 それにしてもこの「死者達と語らった」というのが気になります。

 作中プレイヤーが知る綾里の力は死者を霊媒師の身体に降霊する《霊媒》と、勾玉を媒介とし心の秘密を鍵として視認・感触として体感する《心理錠(サイコ・ロック)》(こちらは生者・死者共に有効)の2つですが、単純に《霊媒》するだけでは霊媒師は霊と会話することが出来ない訳です。
 《霊媒》については2と3の中で
A, 霊媒中の霊媒師は自分自身の意識を完全に失い、夢も見ることはない
B, 霊は霊媒されない限りあの世から出て来れない為、自分が誰に霊媒されているかを知ることが出来ない

という設定が出て来ます。
 真宵ちゃんと千尋さんは霊媒を通して意思疎通をしていますが、それは真宵ちゃんが予め残したメモを千尋さんが読み、千尋さんが残したメモを真宵ちゃんが読むかたちで行っています。
 しかし霊媒に対しての知識もなく千尋さんとも面識のない霊が、周囲の状況もロクに分からない状態で現世に戻らされメモだけが残されていたとして、それに従うかというとかなり難しいと思います。
 それどころか相手の霊は小中との因縁で死んだ人間。意識のない千尋さんが身体を貸している間に何をされるか分かったものではありません。

 というわけで、千尋さんが「死者達と語らった」のは《霊媒》を通してではなく、作中に出て来なかった綾里の能力によるものではないかと思われます。

 2と3に出てくる屏風《倉院の呪詞》には倉院流霊媒道全六葉──

1, 自らの魂を清める
2, 霊界の扉をひらく
3, 霊魂と語らう
4, 自らに呪いをかける
5, その呪いを律する
6, その呪いをはらう


が記されていますが、この1→2→4→5→6に該当するのが《霊媒(霊を受け入れる状態を整える→霊を呼ぶ→自らに降霊する→霊を自らの身体に止める→霊を身体から去らせる)》・1→3→4→5→6に該当するのが《サイコ・ロック(鍵を視認する状態を整える→相手の霊魂の秘密を見抜く→鍵と鎖を視認する→鍵を解除する状態を整える→解除し鍵が見える状態を解消する)》なのでしょう。
 また自分自身に降霊する《霊媒》ではなく「霊と語らう」手段があるとしたら、1→2→3→4→5→6(霊と対話する状態を整える・霊を呼ぶ→霊と対話する→霊の知識を受け入れる→霊の知識を自らのものにする→霊を霊界へと帰す)という感じではないかと思われます。
 2-2で倉院の里に住んでいる綾里一族の女性は大体霊媒師・かつ毎朝綾里屋敷で修行を行っているということで、「《霊媒》を行える霊媒師がそんなにいるって…実は《霊媒》ってあの世界ではそんなにレアな能力ではない?」と思ったものでしたが、倉院の一般的(?)な霊媒師は、実際はこの「霊と語らう」ことをメインで行っているのではないでしょうか。
 1-2のラストで千尋さんは立ち去る際に「真宵の霊力はまだまだ弱い」と語りますが、それは逆に言えば
C, 《霊媒》によって呼び出した霊は、その憑代となった霊媒師の霊力が強ければ強い程長くこの世に留まることが出来る
ということになります。
 霊自身を直接身体に降ろす《霊媒》は本家筋の強い霊力を持たないと不可能な技であり、容易く行えないだけに本家への畏怖へと繋がっているものなのかもしれません。

 あともう1点気になるのが、設定Bの霊は霊媒されない限りあの世から出て来れない為、自分が誰に霊媒されているかを知ることが出来ないというところ。
 3ではちなみが誰に霊媒されているか全く自覚しておらず、また千尋さんが「彼女は誰かが霊媒しない限りは霊界から出て来れないが、もう誰も呼ばないだろう(うろ覚え)」と語っていた点から、逆転裁判世界における一般的(?)な霊魂は、いわゆる「幽霊」というかたちで現世に留まることは出来ない設定になっていると思われます。
 しかし1-4のラストでナツミが撮った写真に千尋さんの姿が写り、また3-5で千尋さんは「誰に襲われたか」すら理解していない真宵ちゃんの説明を聞いただけで、千尋さんの生前には死刑が執行されていなかったちなみの霊が関わっていることを察し適確な助言をしていたりと、上記の設定だけでは説明が付かない部分もあります。
 死後現世に自分の意思で留まることは、ちなみには不可能で千尋には可能だった──推測するに、綾里の女は生前の霊力の強さにより《霊媒》を経ずに現世に現れる=「霊界の扉をひらく」ことが可能になっているのではないでしょうか。


 死者を引き寄せ、死者と語らい、その魂を覗き、自らの肉体に死者を降ろし死者と一体となり、また自ら死者として霊界の扉をくぐりこの世に干渉する──
 そうした異質の力を持つ綾里の人間は、プレイヤーが本編をプレイして感じる以上に死との境界が曖昧な世界にいるような気がします。


 自らの死を扱う裁判を冷静に受け止めていた千尋。
 恐らくは死刑を求刑されるであろう有罪判決を、笑顔で受け止めたちなみ。
 娘の死刑判決を幸いとばかりに殺人計画に折り込み、その計画を死刑に処される当の娘に持ちかけたキミ子。
 ちなみを霊媒する自分を場合によっては殺害させる為、ゴドーに隠し刀を渡す舞子。


 そうした綾里の女達の凄まじさ・生死に対する達観は、特異な死生観と力を持つ《霊媒師の谷》倉院の里で暮らすうちに身に付いたものなのかなぁと思います。



2007年9月8日・【手記】掲載

 

Back