姫神 サクラは奇跡のような犯人キャラだと強く主張。
《逆転のトノサマン》を通して太々しく振るまい、いざとなれば暴力を使って成歩堂の口を塞ごうとする姫神。
それが過去の回想で一転、
(いや…… 死なないで… タクミくん……)
と女性のか弱さを見せ、罪を認めた時には穏やかな笑みを見せる。
──歴代真犯人の中でも彼女のキャラクターは異質で、また非常に魅力があります。
そもそも「自分が殺意をもって犯した殺人の罪を他の人間に被せようとする」他の真犯人と異なり、《逆転のトノサマン》における衣袋 武志死亡は「事故」として処理すればそれで済んだ事件だったはずです。
衣袋を鉄柵の上に突き落とした姫神に殺意があったかどうかは分かりませんが、実際に用意周到に殺害を計画していた人物に襲われたのは姫神の方で、状況から正当防衛を主張すれば、少なくとも「人気番組の悪役が殺害された」というスキャンダルを起こすより事は軽く収まっていたはずです。
そもそも状況が不自然なのです。
12時から始まり16時に終わる、長い重役会議の唯一の休憩時間に姫神と宇在しかコテージ外に出ず、また外で起きていたことにコテージ内部の人間が全く気付かなかったというのは考えにくいことです。
体格のいい衣袋が鉄柵の上に落ちる際は、それなりの音もしたでしょうし悲鳴を上げたかもしれません。
コテージには窓もあるのだから、休憩時間に気紛れに外を見た人もいたことでしょう。偽装工作は休憩時間一杯、死体をライトバンに運んだり焼却炉を使ったりとコテージの外全面を使って行っていたのだから、発覚しないはずはないのです。
となるとこの“事件”、姫神1人が画策したものではなく、英都プロダクションが組織ぐるみで作り上げたものだったと思われます。
何故“事故”ではなくわざわざ“事件”に仕立てなくてはならならなかったのか。──それは落ち目だった英都プロダクションを持ち直させた、姫神 サクラを失わない為だったのではないでしょうか。
例え事故だったとはいえ人が死亡した以上、上は当事者である姫神に解雇や謹慎等の処分を下さなくてはならなくなる。しかしそれではプロダクション自体が立ち行かなくなる。そう考えたのかもしれません。
「衣袋が姫神に対し殺意を抱いていた」ことを隠蔽する為に衣袋が荷星の衣装を纏っていた(荷星に成り済まして殺人を犯そうとしていた)ことを隠し、「鉄柵の上に落ちた」ことを隠蔽する為にトノサマン・スピアーを凶器に仕立て、それらが結果として荷星が犯人であるかのように示してしまっただけで、荷星をスケープゴートにするつもりは最初は英都側にもなかったと思われます。 例え英都にとって姫神 > 荷星であっても、人気番組の主演の荷星を犯人に仕立てるメリットはどこにもないからです。
もしトノサマンの衣装を着、荷星を装い脚を引き摺る衣袋が写真に写っていなかったら。そして楽屋で昼寝中の荷星を誰かが確認していれば、荷星に容疑がかかることもなかったでしょう。その場合は外部から“いもしない犯人”が侵入し犯行を行ったこととなり、“事件”はいずれ世間から忘れられ風化する──そう考えていたのかもしれません。
何故姫神は英都のこうした隠蔽を受け入れ、加担したのか。
それは状況が状況だったとはいえ、実際に自分が衣袋を殺害してしまった罪を逃れる為もあったでしょう。また今回の件を切っ掛けに、5年前から続いていた衣袋との確執・そして自分の裏(暴力団)との関係を暴かれるのを恐れていた為かもしれません。
しかし大切だったであろう“タクミ”という人物を失い、その原因となった衣袋を憎みながらも共に英都に所属し続けた姫神を考えると、姫神自身も英都を離れ難かったのではないかと思えます。
業界で《天才》と呼ばれた姫神ならば、潰れかけの英都以外にも引く手数多だったことでしょう。それでも姫神が小さな英都プロダクションにこだわったのは、死んでしまった“タクミ”という人物への想いが関わっていたのではないでしょうか。
5年前の事件を含め全ては法廷で明らかになり、穏やかに微笑む姫神は、ようやく5年間に及ぶ様々な思いを清算出来たのかもしれません。
衣袋の事故の隠蔽──例えそれが全て本当に自分の罪でなくても、彼女は自分が育てた小さなプロダクションを守る為、静かに受け入れるように思えます。
2007年12月11日・【手記】掲載 |