Kleinsche Flasche・1

2008年 某月某日某時刻 倉院の里 キミ子の部屋




コトが終わった後の何とも言えぬ虚ろな寒々しさは、どなたが相手でも変わりませぬ。
殿方なら尚更のことでござあましょう。
だからアタクシは自分の髪を整えるより先に殿方の着付けを手伝い、早々にこの部屋から出して差し上げるのでござあます。

「──また、お越し下さいまし」

そう笑んで襖を閉める、その言葉が嘘であることは先方も承知のこと。後腐れのない女、あるいは淫売と、男達の間では囁かれているやもしれません。
渡り廊下を遠ざかる足音を聞いてから、アタクシは解いた髪に櫛を当てるのでござあます。




髪を切ると霊力が弱まる──そう信じて物心付いた時より伸ばし続けた髪は色褪せた畳の上に黒い蛇のようにうねり、梳いても梳いてもキリがござあません。
霊力など、髪を切って衰えるようなモノなど然程ないというのに、それでもアタクシはこの髪を自分の命のように思っているのでござあます。
こうして髪を梳く時間は、何よりも心が平らかになるような気が致します。その穏やかな時間の中、アタクシはアタクシの(はら)に宿る娘に付いて考えるのでござあます。


何度も試み、そしてしくじり、お医者様はもう──は望めないだろうとおっしゃいました。これ以上の──は危険であるとも。
しかし、アタクシは信じているのでござあます。
アタクシは今度こそ、必ず供子様の血を濃く受け継いだ娘を生むであろうことを。

里の中にはアタクシのことをキタナい言葉でののしる方もござあますが、綾里は元よりマレビトを迎え入れ血を繋いで来た一族。
これもより良い血を、より良い子を残す為。
綾里の女として、そして本来家元を継ぐはずだった女として、アタクシには何も恥じることはござあません。
あの忌々しい舞子の長女は、家元になる意思を放棄して昨年里を降りました。残されたのは霊媒もロクに出来ないあの愚鈍な次女のみ。
だからアタクシは、次の家元となる優れた子を生まねばならぬのでござあます。




髪を梳る手を休め、僅かな熱を気怠く残す胎に当て、アタクシは今度こそ娘が宿るのだと確信致します。

アタクシの愛しい娘。アタクシの全て。

順調ならば、ああたに逢えるのは来春になることでござあましょう。
新しい命が萌え出づる美しい春に、新しい家元となる娘が生まれるのです。何と素晴らしいことでござあましょう。
大事に、大事にしなければ。




足下の襦袢を引き寄せ、アタクシは愛しい娘の宿る胎にそっと巻き付けました。
 
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