2017年 某月某日某時刻 中央警察署面会室
「──はぁ…ん、異父妹なんていたんだ」
イイ歳して何やってんのよコイツ──アタシは思い切り鼻白んだが、目の前の女はそんなことにはお構いなしだった。
「そう、春美ちゃんには優れた霊力がござあます。それこそあの家元の娘など足下にも及ばないような素晴らしい力。春美ちゃんこそ供子様の力を最も強く継いだ、家元に相応しい娘でござあますのよ…」
十数年ぶりに会った母親は醜く老い、加齢臭がした。それだけでもウンザリなのに、興奮のあまり口角の唾液の泡にも気付かず一方的にベチャベチャ喋っている。
この面会を手配した弁護士どもに、本気で殺意が涌いた。
5年前、アタシは死刑判決を受けた。
アタシが死ぬ?…まだピンと来ない。
今の法律では、有罪判決から1ヶ月で量刑判決が言い渡されることになっている。実際アタシが死刑を言い渡されたのも、逮捕されて間もなくの頃だった。
それがここまで粘ったのは、死刑反対派とやらの弁護士連中が何度も再審請求し、無駄に時間を延ばしたせいだ。
弁護士連中は判決が覆せないと分かると、今度は世間の同情集めか《刑務所内での母子対面》なんてものを企画して来た。
正直うっとうしかったが、牧師だの坊主だのの面会を受けるよりは多少気分転換になるかと受け入れた。それにあの女がどういう罪を犯したのかにも少し興味があった。
会ってすぐに後悔した。
あのバカ弁護士どもに金でも掴まされたのか、腹を下したとデカい声で独り言を言いながら監視員が席を外したその途端、女は《計画》を語り出した。唾を飛ばしながら。
あの女の最初の一言は「久し振りね」とか「あなたを捨ててごめんなさい」とか?
…そんな月並みな台詞だったら吹き出すわね。
──そう考えていたアタシの予想の斜め上を行く展開に、アタシは最初あっけに取られ、それからイライラし、そして同時に興味を持った。
倉院流家元の跡継ぎ──アタシを追い落としたあのオバサン、綾里 千尋の妹を殺し、“春美”を家元にするという計画。
アタシの死刑が前提になっているのには正直ムカついたが、あの綾里 千尋の魂をこの手で傷付けられるという点には魅力を感じた。
だって綾里 千尋はもう死んでいて、アタシはもうすぐ死ぬのだから。
死んで尚、死んでこそ遂げられる復讐があるのならば、死も悪くないと思えた。
それからあやめ。
オネエサマオネエサマと進んで手を貸して来て、立派な共犯者の分際で一人だけ人畜無害ぶっているあの妹に罪を被せてやれたら──そう考えると少し愉快な気分になって来た。
「…ところで」
一通り喋り終えてようやく口を閉じた女に、アタシは気になることを聞いてみた。
「さっきからアンタが得意気に話しているこの計画、当の“春美”とやらにはどう伝えるつもりなの?まさか見張りがいるのに面会でベラベラ喋るつもりじゃないでしょうね」
「抜かりはござあません」
女はニっと笑った。
「逮捕される前に、あらかじめ計画書を記して屋敷に隠してきたんですのよ。その場所さえ春美ちゃんに教えれば、きっとあの子は上手くやってくれることでござあましょう」
──────最悪だ。
嫌悪だのを感じるより先にアタシは呆れ返った。
通りで急に面会なんて話が涌いた訳だ。
この女は「死刑になるアタシ」に用があったのだ。
この女にとって「生きているアタシ」には何の価値もないということを改めて感じて、不快のあまり胃がムカムカしてきた。
しかしそんなことは分かり切っていたことだ。
この女は家元になれなかった時点でとっくに壊れていて、くだらない妄執でしか生きられないのだ。
あんなしなびた田舎の古臭い家に、今更何の価値があるのか。コイツの頭の中もすっかりひからびて乾物にでもなっているに違いない。
それはともかく。
そんなことより、アタシは“もっといいこと”を思い付いた。
「…いいわ。アンタのその計画、乗ってやろうじゃないの」
「──あぁ、ああたならきっとそう言ってくれると思っておりました。それでこそ綾里の、アタクシの誇り高い娘。ああたの死、決して無駄にはなりませんことよ…」
「はん、心にもないことを言わないでよ。それより面会時間が残り少ないわ。さっさと詳細を教えなさい」
空涙を流すフリをして感動を演じる女に先を促して、アタシは心の底からの嘲笑を浮かべた。
この計画は、春美がアタシを霊媒することがキモになっている。
倉院の霊媒は、降霊中術者は意識を保てない。また春美の霊力が本当に優れているのならば、簡単に春美の身体から引き剥がされることもない。つまり霊媒されている間は春美を乗っ取って好きなように出来るのだ。
もしこの女の“カワイイ春美ちゃん”に霊媒されたまま、春美の生が終わるまでずっと離れなかったら?
あやめのフリを続けたまま春美の身体で殺人犯として捕まり、死刑判決を受けるというのも面白い。
アタシが離れた後、絞首台にブラ下がる春美の死体を見た周りの奴らはどんな顔をするだろうか。
何よりこの女がそれを知ったら、どんなに愉快だろうか。
──かわいそうな春美。
アタシは女の説明を耳半分で聞き流し、爪の甘皮のささくれをいじりながらぼんやりと考えていた。
この女の執念でこの世に生み出されて。
希望に添えなければ捨てられて、お眼鏡通りなら道具にされて。
全く本当に何だって言うんだろう。
アタシが生きて、そしてもうすぐ死ぬっていうことに何の意味があるというんだろう。
…アタシって、何で生きていたんだっけ?
「──そろそろ面会終了だ」
扉を開けながら、腹を下していたバカが不快な時間の終わりを告げた。
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