♠Aの行方

 《逆転の切札》で一番気になるのは、「成歩堂は本当に捏造した証拠品を王泥喜に渡したのか?」という点。
 もしアレが捏造だったとしてもあの場所でそれが発覚する可能性は低いのですが、「事前に登録されていない証拠品」ということで後に詳しく検査される可能性も高く、そうなったら「あのカードは他のカードと同素材・同質のものか」・「付着していた血痕は被害者のものか」くらいは明らかになってしまい、本物か偽装かはすぐにバレてしまうかと思います。
 【一事不再審】の制度により牙琉 霧人の有罪を確定させることさえ出来れば、後になって証拠品が「偽物」とバレても問題ない──そう考えていたのかもしれませんが、「捏造の証拠品」を掴まされたが為に失脚させられた成歩堂が、みぬきちゃんの兄かもしれない新人弁護士(その上自分に憧れている青年)にあえて自分と同じ轍を踏ませるようなことをするかなーということから、可能性は低いながらも「あの証拠品は本物だった」という仮定より検証してみたいと思います。

 【各事件経緯】《逆転の切札》でも少し触れていますが、もう一度整理し直すと

■ 牙琉は持ち去った♠Aをよく確認する間もなく処分した?
○ 牙琉は4月20日までカードの裏の色を知らなかった→
○ 色を確認出来るような明るい場所(乗物・自宅等)を経由する前に処分(紛失)したということになる→
○ 大事な証拠品を現場の近隣+暗い場所で確認せずに処分するのは不自然(燃やすにせよ破いて捨てるにせよ、完全に処分出来たかどうか確認出来ない)→
○ 処分したのではなく「紛失した」のか?

■ 成歩堂が♠Aを拾えるタイミングは牙琉に電話をかけた後、《ナラズモの間》に戻る短い間しかないと思われる
○ 逆井が嘘を吐く必然のない部分の証言から考えると、成歩堂は逆井が意識を取り戻した(影郎のロケットを外した)後、警察が駆け付けるまで現場を離れなかった

と推測され、

■ 牙琉は持ち去ったつもりで《ボルハチ》店内でカードを取り落とし、それを電話直後の成歩堂が拾った

ということになります。
 何故成歩堂は短時間でカードを捜せたのか。その答えは明確で、電話の「ボーンチャイナ」発言で既に犯人は先生であることを疑っていた+自分(成歩堂)も店内にいたあの短時間で犯行を行ったのならば、真犯人(牙琉)は自分に見付からないよう行動し(隠し扉を使ったであろうことが推測される)、また逃げたばかりで何らかの痕跡を店内に残していてもおかしくはないだろうと、逃走経路になり得る場所を推測し探ったのでしょう。

 それにしても
■ 何故先生は自分の身を危うくするような大事なカードを紛失したのか

 それは成歩堂からの電話が原因なのではないかと考えられます。

 4-1の冒頭で先生は普通に成歩堂を弁護しているように見えますが、現場にあったボトル(♥5入)とは別にわざわざ成歩堂の指紋が残っているボトルを自分の指紋が付かないようにしつつ凶器にした時点で、やっぱり成歩堂に罪を着せる気マンマンだったと思われます(成歩堂の指紋が付いた凶器を使うつもりだった→反対に言えば殺意を抱いていたのは影郎限定で、成歩堂に対しての殺意はなかった)。
 しかし犯行が可能な時間はごく僅か、成歩堂が地下2階から1階に上がり警察に通報し、また降りて来るまでの数分しかなく、その間に先生は

○ 隙を付くとはいえ体格のいい影郎を撲殺し
○ カードの山から♠K1枚を探し出し♠Aと摺り替え(これは地味に大変そう)
○ 凶器と現場のボトルを取り替え
○ 死体の椅子の位置を戻し
○ 隠し扉を閉め出入りした痕跡を消す

と、これらの作業を成し遂げなければならなかったことになります。
 しかも現場には気を失った逆井がおり、万が一彼女が目を覚ました場合には逆井をも殺し、その痕跡を偽装しなければなりません。また同じ店内に成歩堂はいるのだから、焦って手順を誤り飛び出したらうっかり鉢合わせする可能性もあります。
 その上この状況に至るまでの過程は全て偶発的に起きたことなので(影郎が成歩堂を尋ねて来る→影郎が成歩堂に勝負を挑む→影郎が逆井を殴り現場に残る)、細かい計画を立てる暇などなかったはずです。もしかしたら先生的には影郎が店を出た時に襲うくらいのつもりでいたかもしれませんが、好機──しかも成歩堂に罪を着せられる絶好の機会はいきなりやって来てしまいました。
 こうなったら多少無茶でもやるのみです。物凄いプレッシャーです。保身の為だけに7年間関係者を見張っていた先生的には、ともすれば尿系が出そうな緊迫した状況だったと思われます。
 しかし霧人はやれば出来る子。これらの状況を見事クリアします。成歩堂が地下2階に戻った後に1階にこっそりと出て凶器になったボトルをピアノの下に隠し、何喰わぬ顔で店を出る。これで7年前の影郎と成歩堂2人への復讐は完了する──店を出ようとした時、恐らく先生の緊張は解け大きな達成感に包まれていたことでしょう。

 しかしその瞬間だったのです、陥れようとここまで画策したその相手・成歩堂本人から電話が掛かって来たのは!

 勿論携帯はマナーモードになっていましたが、突然のバイブレーションに心臓はキュっと縮み上がりザっと体温が下がり冷や汗が吹き出ます。
 電話が掛かって来たということは、成歩堂は電波が通じる同じ1階・つまり目と鼻の先にいる!《ナラズモの間》は奥にあるので、そこから出て来た成歩堂から店の出口付近にいる自分は見えなくても、いつ気紛れにこちらに移動してくるかもしれない!とりあえず平静を装いつつ電話に出なければ!
 恐らく先生は及び腰で音を立てないようじりじりと扉を開け店の外に出、そしてじりじりと扉を閉めてからいつもの調子になるよう務めつつ電話に出たことでしょう。うっかり「ボーンチャイナ」だって口走ってしまいます。
 しかし先生はその時気付きませんでした。「ボーンチャイナ」発言以上に決定的な証拠になるモノを、よりにもよって携帯を取り出す時に落としてしまっていたとは……。

 ──とここまで妄想。可能性としては携帯と一緒のポケットに入れていたカードを、携帯を取り出す際に落してしまったというのが一番自然に思えます。

 しかし一番の問題は、

■ 警察到着後、身柄を押さえられ身体検査を受けたであろう成歩堂がどのようにしてみぬきにカードを渡したか?

という点。この問題点のせいで「証拠は本物だった」という可能性がグっと下がっているわけです。恐らく先生も自分が処分する前にカードを紛失していたことには気付いていたものの、その状況を考えた上で「あなたがそれを持っているはずがない」と口にしたのでしょう。
 ここをムジュンしないようにすると、

1, 駆け付けた警官内に協力者がおり、その人物に事務所(みぬき)にカードを届けるよう託した

2, 地下2階に戻る前にみぬき本人が現場に来て成歩堂から直接カードを受け取った


の2つの経緯が考えられます。
 まず1だとすれば、その協力者は宝月 茜以外に考えられないかと思われます。
 かつてイトノコ刑事が「御剣の為ならかなりなんでもやっちゃう刑事」として出て来ましたが、成歩堂の為なら茜もイトノコに負けずに頑張りそうです。
 しかし茜が王泥喜の前に現れるのは2話(1話から2ヶ月後)ですが、この時点で茜は「成歩堂が弁護士を辞めていた」ことを知っていたものの、その「娘」の存在は知りませんでした。成歩堂は身体検査を受けた際に影郎のロケットを「ぼくの娘が写っている」と見せて確認を取っていたので、もし茜が協力者であった(事件の担当者であった)のならば当然みぬきのことを知っていたはずと思われます。
 というわけで1はボツ。

 では2ではどうか。
 まず「成歩堂が中学生であるみぬきを深夜2時過ぎに“かつて街の暗黒街の連中が集まる”ような場所に1人で来させるか?」という点が不自然に思われます。
 しかしこれに「実父の死」が絡んでいたらどうでしょうか。

■ 7年前の失踪の状況から、影郎が「或真敷 ザック」と分かれば成歩堂に殺害する動機があったと疑われてもおかしくない
○ 成歩堂は自分に不利にならないよう、影郎の正体を明かさなくてもいい(黙秘権)

■ 真犯人が牙琉 霧人でその動機が影郎の正体にあったとしても、それを証明するものは何も残っていない
○ 4話で語られるように、7年前の成歩堂の前任弁護士の名は記録されていない

■ 影郎は偽名と(恐らく)偽造された身分証明書(パスポート)を使用していた為、その遺体は「身元不明者」として扱われると予想される

 ──成歩堂は立場上影郎の正体を明かすことは出来ない。
 奈々伏 影郎は「経歴不詳の旅行者・浦伏 影郎」として葬られる。
 となると、みぬきは「事件・被害者とは無関係」と判断され、実父である影郎の最期の姿を見ることは叶わなくなるでしょう。
 みぬきが父親と対面するにはあのタイミングしかなく、だからこそ成歩堂は多少危険でも深夜にみぬきを呼ばなければならなかったのだと思います。

 以上のことを踏まえてあの夜の空白部分を整理すると

■ 成歩堂、1階から牙琉に電話する
       ↓
■ 牙琉、♠Aを取り落としたことに気付かず店の外に出て電話を取る
       ↓
■ 成歩堂、牙琉に対し疑念を抱く/牙琉、電話しながら現場を離れる
       ↓
■ 成歩堂、みぬきを呼び出す/店内を捜索し♠Aを見付ける
       ↓
■ みぬき到着・みぬき、影郎の遺体と対面
       ↓
■ 成歩堂、みぬきに拾った♠Aを渡し帰す
       ↓
■ 成歩堂、地下2階に戻り影郎のロケットを外す
       ↓
■ 逆井、意識を取り戻す〜警察到着


…という流れだったのではないでしょうか。
 法廷で成歩堂は「(証拠品の♠Aは)ぼくが店内で拾ってみぬきに渡しておいた」と言っていましたが、それは嘘ではなく、全く本当のことだったのかもしれません。

 それにしても逆井が殴られ成歩堂が警察に通報してからこれら全部が行われたはずなのに、到着まで何分掛かってたんだ警察よ…。
 まぁ通報時は単なる暴行事件だったし、殴った犯人=影郎は逃げる気配がなかった為にそれ程急がなかったのかもしれませんが、みぬきちゃんが現場に来ていたとして、警察に見付かる前に帰れたのはギリギリの幸運だなぁと思います。
 《ボルハチ》と事務所って結構すぐ近くにあるのかな?片道5分程度の距離じゃないと、この推測自体が無理っぽいです(となると証拠品はやはり偽物ということに…)。

 あ、雑居ビル内の事務所(2階)の1階(〜地下2階)が《ボルハチ》ならば、深夜にみぬきちゃんを呼び出すのも不自然じゃないかな(ササっと来てササっと帰れるし)。
 うーん、続編で《ボルハチ》の場所が確定してくれるとスッキリするのですが…!



2007年6月1日・【手記】掲載

 

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