1900年10月からハイドパークで半年かけて開催された博覧会。大日本帝国も出展している。
全世界から文化・技術の結晶が集まり来場者総数は5千万人、過去この世界で行われた巴里万博を遥かに超える過去最大の規模のものとなり大成功を収めた。
史実でロンドンで行われた万博は1851年5月1日〜10月15日にハイドパークで開かれた第1回ロンドン万国博覧会(水晶宮博覧会)・1862年5月1日〜11月1日にサウスケンジントンで開かれた第2回ロンドン万国博覧会がある。
作中の万博のモデルは史実における1851年の第1回ロンドン万国博覧会=水晶宮博覧会(来場者数604万人)と1889年の第4回パリ万国博覧会(当時約312mのエッフェル塔建設・来場者数3,235万人)・1900年の第5回パリ万国博覧会(来場者数5,086万人)を合わせたものと思われる。
水晶塔【クリスタルタワー】
倫敦万博の象徴である塔。天を突く鉄塔の全面に硝子が貼られている。
内部も見所満載で展望台・美術館・植物園・博物館があり、中に入るまで3時間待たされる大行列になっている。
1900年10月21日、ステージで行われた『超電気式・瞬間移動技術』の公開実験で瞬間移動したと思われる鳥籠がおよそ30フィート(9m)落下し2階部分に衝突した。
万博実験会場 ステージ
水晶塔の横に設けられた実験装置が置かれているステージ。30フィート(9m)の高さがある。
1900年10月21日、『超電気式・瞬間移動技術』の公開実験で大爆発し、実験参加者のエライダ・メニンゲンが水晶塔上空に「転送」された。 また23日、科学技術保護特例が解除された《超電気式瞬間移動装置》が調査の直前に爆破された。
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